小さな生命体

あの日の記録

午前7時20分起床。

出勤するには、あり得ない目覚めの時間だ。

アラームが機能しているはずだが、眠りながら難なく止めていたらしい。

何にせよ、最短の手順、最速の時間で準備を済ませ、家を出る。

時計を見ると、遅刻はしない時間帯であるから、通常歩行で駅に向かう。

暑い。

八月も終わろうとする最中、午前でもこの気温に、走る気力が湧くはずがないのだ。

しかし、その自分の横を風が駆け抜ける。

齢、二十代後半ぐらいの長身の女性が、ハイヒールを履いていることを感じさせない足運びで猛ダッシュしているのだ。

多分、自分と同じクチだろう。

乗り込む電車が同一ならば、そこまで急ぐことはないのだ。

しかし、彼女の中では、どうしても急がなくてはならない理由があるのかも知れない。

その後ろ姿にエールを送ろうとした時、彼女が急に立ち止まった。

そして徐にバッグからスマホらしきものを取り出し、歩道脇のネットフェンスに向かって少し近づき、一瞬静止。

手の先にかざしたそれを確認し、何故か微笑む。

と同時に、それをバッグにしまい、急発進する。

一体彼女は何をしたのだろうか。

気になる。

急ぐ彼女を止めるほどの存在をこの目で確認したい欲求にかられ、近づく。そして、それを見て愕然とする。

なんと、フェンスの網に縦横無尽に絡ませながら成長したツルの先に、特有の縞模様が薄く浮き出し始めた、直径10センチほどのスイカが一つぶら下がっているのだ。

おそらく彼女はこれを写真に納めたかったのだろう。

周りを見ても、他に実はなく、たったひとつだけが存在しているのだ。

画面を確認したときに見せた表情は、横顔であったせいか、少し不敵な笑みに見えたが、おそらくそれは、癒されたがゆえに出る笑顔だったのだ。

朝とはいえ、この炎天下の毎日で、枯れもせず逞しく生きている小さな生命力に、今日一日を頑張る元気をもらった瞬間だった。

迫る電車の時間に気付き、結局走ることになったのだが、何とも爽やかな風を肌に感じる、気持ちの良い、駅への路となった。

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