戦いの末に得たもの。

あの日の記録

電車の中は色んな人間模様が錯綜している。

ある朝の出勤時。


対面式シートの快速に乗りこみ、空いている席へ腰を落ち着かせる。


この時間をどう過ごそうかと考えていると、何やら不穏な雰囲気で話す声が聞こえて来た。

顔を向けずに横目で様子を探ると、通路を挟んだ隣の座席に一組のカップルと思われる男女が座っている。

窓側に彼氏らしき男が、通路側にその彼女と思しき女性。

『そんな言い方せんでもエエやろ』
『だってさー』

一般的に、電車で話すボリュームを遥かに超えた声で所謂口喧嘩を繰り広げているのだ。

『だいたいなー』
『なんなんよ!』

原因が何なのかはしるところではないが、どうやら同棲をしているようだ。


日頃の生活に起こり得る些細なことの苛立ちや思い通りにいかないことが積もり積もって、相手にお互いがぶつけ合っているらしい。

『そんなイライラすんなやー』
『別にイライラなんかしてへんわ』

今のところ、彼氏がイニシアチブを握り、この戦いを優位に進めている。


彼女の方は、あり得ないほどに通路へ上体をはみ出させながら、応戦。

時に言い返し、時に沈黙をまもりながら、今か今かと逆転を図っているようにも見える。

しばらく、取り留めのない攻防を繰り返していたが、彼女の、起死回生の一手が戦況をひっくり返す。

『もうエエわ!!』

この一言が、彼氏に大きなダメージを与えたらしく、カラダ全体を使って、『俺は起こってるんだぞ』オーラを放っていた彼氏は急に彼女の方へ擦り寄り、スキンシップをし始めたのだ。


こうなると、最早彼女の独擅場だ。

そして、次の瞬間、目にした光景に衝撃を受ける。

なんと、彼氏がおもむろに、通路側へ身を乗り出して全面拒否を決め込んでいる彼女の肩へアタマを乗せたのだ。


これはいけない。

このタイミングですることではない。

見た目、スーパー肉食系男子だった彼氏が、まるで手なづけられた仔犬のように、大人しくなっていく。

彼女の方も、最後まで、相手が心の底から謝るまで、姿勢を持ち続けるべきところを、ヨシヨシ的タッチをし始める。

もう良い。

ここまで付き合って確信した。

ここまでのくだりは、彼らにとって日常茶飯時であり、そのプロセスこそがお互いの存在を確認し合う場だったのだ。

ただ、たまたまそれが、電車の中で行われたに過ぎないのだ。

そんな二人の世界に巻き込まれた、いや、自分から近づいてしまったことが悔やんでならない。

どこかモヤモヤ感を拭い切らないまま下車したが、せめて祈ろう。

あの二人の将来が、明るくて、温かいものになることを。

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